プロフィール

志岐らん梅(しきらんばい)
博多にわか子供の会代表、博多仁和加振興会事務局長、にわか学会会員。昭和25年生まれです。簀子(すのこ)小学校(現在は舞鶴小学校に吸収合併)、舞鶴中学校、県立福岡工業高校をいずれも平均的な成績で卒業。高校卒業後、住友系の化学会社で数年働き、住宅資材の会社を19年、住宅メーカーに19年勤務し、現在は住宅メーカーの請負をしています。好きなことは博多にわかのほかフォークソング・カントリーミュージックなどです。福岡市中央区の簀子校区に長く住んでいましたが現在は西区城原校区に住んでいます。
博多にわかは祖父もしていたそうですが聞いたことはありませんでした。初めて博多にわかをしたのは高校2年生の時でした。50数年前の話です。クラスメートの友達に誘われての出発でした。こんなに長く博多にわかに関わるとは思いませんでした。高校時代の昭和42年から糸岐ぼんちさんに指導していただきました。結婚式では仲人もお願いしました。
高校時代にクラスメートが作った博多にわかの同好会が9年で活動停止になると社会人になったOBに高校の時の創始者の一人、長ねんてんさんとその後輩箱崎大根さんが中心となって「五月会」を設立しました。長さんから声をかけられ、私も参加しました。今年の1月まで「博多にわか五月会」に参加していましたが現在は個人活動をしています。五月会の年間イベント40以上の対応と博多仁和加振興会の事務局長の対応で仕事を削減せざるを得ない状況が発生した収入が激減しました。そのために五月会を離れました。五月会とは決別したわけではありませんのでタイミングが合えばイベントに合流することがあります。
博多にわかの50年を超える経歴の中で対応したイベント舞台は1,000箇所は超していると思います。
ラジオ放送でFMミミ(のちにスタイルFMになり閉局)の当時の社長渕上さんから声をかけられ、博多32分間の博多にわかの番組の構成と出演をしました。7年ほど続きました放送局が閉局になり番組も終了しました。現在はRKBラジオ「よなおし堂」で毎週水曜日17時7分くらいから8分間の博多にわかコーナーの出演をしています。
「月刊はかた」では2ヶ月に一回博多にわかの添削・監修をしています。

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