俄と風流について

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「俄がその発生期から近代に至るまで『祭礼』と密接な関係をもってその歴史を展開してきたことである。後述するように、俄は後にその主舞台を座敷や寄席芝居小屋へ移していくが、一方ではなお祭礼の場との関係を維持し続けた。これは「風流」から引き継いだ神事性の観念が俄の中に伝統として流れていたことを示しているものであろう。現在でも、近世に上方から伝播して、民族芸能として今なお伝承されている各地の俄に、この観念は継承されている」(上方俄の研究)

「松ばやし(博多どんたくのルーツ)の最初の姿は新年に訪れた歳徳神(年の神)の依代(よりしろ)である松の木を引いて領主の館や社寺を訪れ、にぎやかに祝った。やがて、それが当時流行の『風流』として芸能化していく。『風流』は平安から鎌倉時代にかけ、一種の流行語として生まれ、衣装、道具立てなどにハッと人目を引く趣向を凝らし『きらびやかな』『風情がある』ことを呼んだ。歌舞音曲と結び付き、祭りなどに道中美しく着飾って町を練り、あるいは鳴り物に 合わせて踊る中世芸能として形を整える。土地ごとにさまざまな変化を見せながら全国にひろまった」(博多どんたく読本より「どんたくの歴史博多の心」
(江頭光氏)

福岡県内では八女郡矢部村の「八女津媛(やめつひめ)神社の浮立(ふりゅう)」が有名。五年に一度12月15日前後に行われ、県内でも最大規模。筑後地方各地に伝わる風流の集大成された形と考えられている。また、いずれも県の無形 文化財に指定されている八女郡星野村の「風流・はんや舞」(9月18日)や 安永2年(1773年)からあるという八女郡黒木町の「田代風流」(12月8日)、350年の歴史はあるという山門郡三橋町の「今古賀風流」(10月第2日曜月曜)、少なくとも150年の歴史はあるという筑後市の「水田天満宮稚児風流 (ちごふりゅう)」(10月25日)も有名。

風流とは「①前代の遺風。先代のなごり。②俗でないこと。優美なこと。③俗事をさけて詩歌、書画、茶道などをたのしむこと。④数寄をこらして美しく飾ること。また飾ったもの。⑤はやし物。歌舞。⑥狂言方によって演じられる狂言と能の中間にある単純な祝賀の演技」(広辞林)

風流とは「①利害打算を超えた世界の事柄に心の交流や安堵が具現し、その間 だけ、煩わしい俗世間的交渉から開放されて余裕を楽しむこと。またその様子。②紋切り型・実用的ではなく個性的な趣味や創意工夫によって、豊かさが感じられること。またその様子」(国語辞典)

「発生期の俄は移動していく『流し俄』であった。ごく初期の俄はオチのない仮装行列的なものであった。それが演劇的なものが加わり道傍の人々の所望に応じて路上で演じてくるようになった。このような形態は『風流』の移動する芸能という伝統の継承と言えよう」(上方俄の研究)

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